ここでの ヒッピーの意味

セヴェンヌ には パリや大きな都市から、多くの若者が移ってきた。

フランスでは 1968年に5月革命が起き、フランス中、特に パリでは 学生が大きな力を持ち( 日本ではこのことを学生運動といった)、学生たちの思想に賛同したインテリゲンチア、ノーベル賞をもらった作家 ジャック・モノらをも引き込み、「革命」を展開した。


そして この「思想革命」が終わると、私の想像であるが、多くの学生が 都会の生活に虚無感を感じ、 太陽、よい空気を目指し、南下したのです。


話を聞くと、彼らは いいとこのお坊っちゃま、お嬢ちゃまのようです。

頭では 理想を描いているが、どうも 現実とのギャップを嫌う、頭でっかちというと怒られそうだが、 やはり 頭でっかちなのである。


彼らは 自分たちのことを ヒッピーとはいっていない。

セヴェンヌ 地方の アンディジェンヌが 彼らのことを ヒッピーと呼んでいるのです。


彼らの特徴といえば、考え方は いつも 反社会的。

これは 変わらない。

なかのけん:ボンジュール 南仏のヒッピーさん

画家を志すひとりの「サムライ」が、ヒッピーと共に南仏で過ごした10年間の青春の記録。 ヒッピーとの生活を、おもしろおかしく語ります。

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